書籍詳細
オレ様押しかけダーリンは御曹司~別れても別れても好きな人~
あらすじ
元カレはエリートなオレ様!? 強引なアプローチに翻弄されて……。
すれ違いだらけの二人が落ちるじれ甘な恋
OLの菜々香は、過去に3回の失恋経験がある。その相手はいつも同じ人物……渡部和弘だ。縁がなかったのだと忘れる努力をしたのに、なぜか職場で出向してきた和弘と再会してしまう! 「俺たちまた、やり直さないか?」甘く囁かれ、もう辛い想いを繰り返したくない菜々香は逃げるように断るが、強引に迫ってくる和弘にドキドキが止まらなくて…!?
キャラクター紹介
遠藤菜々香(えんどう ななか)
国際保険部で働くOL。まじめな性格で小心者。
渡辺和弘(わたなべ かずひろ)
外資系企業の経済リサーチャー。菜々香の元カレ。
試し読み
突如として思い出したのは、入社当初の自分の癖。
きちんと研修を受けたはずでも、やっぱり現場実務となると自信がなくて、私はよくこっそりと、徳川先輩にもばれないように、最終確認が済んだ書類の一番下に、ボールペンでチョンっと小さな小さな点を書き込んだのだ。自分のなかでの決済印のようなつもりで。もしもあとからなにかあったとき、どれが自分が携わった書類か、きちんとわかるように。
きっと他の人の目には、紙片の汚れとしか映らないだろうけれど。
「懐かしいなあ……」
記憶のとおりにその印を発見して、私は微かな感慨に包まれる。
今ではもう、迷うこともなくなった仕事の流れの一端に、過去の自分がちゃんと息づいている。
ささやかすぎる足跡をそっと指先で撫でていたら、どうかしたのか? と訝しげな声をかけられた。
「……あ、うん、これ……。昔、私が自分でつけた印で」
「印?」
「ただの点なんだけど」
どれ? と目をすがめて身を屈めてきた和くんに、これ、と書類を差し出した。
「この下の隅っこの点。薄いけど、これ私が自分でつけたものなの」
「……ああ、これ? なんで?」
「入社当時、徳川先輩によく、自分で処理した書類には最後まで責任を持てって言われたから……かな。最初はどれもこれも同じ書類に見えて、あとからわからなくなっちゃいそうだったから、こうしてこっそりとね」
えへっと笑った私は、無意識に隣の和くんを見上げてドキッとした。
「ふぅん……新人のころの奈々香か」
鮮やかに目を細める和くんの、怖いくらいに綺麗なこと。
その、作ったような笑顔。
「か、和くん……?」
うっかりしてた。この人気のないふたりきりの空間で、こんなに近い距離を許してしまうなんて。
やにわに鼓動が怪しくなってしまった私は、無意識に後ずさる。
「なにその顔……」
「顔? 俺の顔がどうかした?」
「ちょっと怖い気が……」
「そりゃ失礼」
笑顔に対して怖いなどという感想はどうかと思うけれど、実際に怖いのだから仕方ない。和くんは昔からこういう正体不明の迫力を持ちあわせている人間だった。
後ずさる私を追うように、和くんがずいっと距離をつめてきた。
すっと私の頭の上に伸ばされたのは、またもや長い腕。
今度はしっかりと背後の棚を支えるようにして、私は和くんと棚との狭い空間に囚われる。
なにこれ、壁ドンならぬ……棚ドン?
「え……、なに……」
染まりかけている頬を「やめて、ふざけないで」と横向けたら、至近距離にいる彼からこうささやかれた。
「ここには俺の知らない奈々香の歴史がつまってるってことだな」
「……え」
「気にくわない」
「はい?」
不可解な言葉に思わず視線を戻したら、美しすぎるその顔が、そっと私に近づいてくるところだった。
「来るんじゃなかった、こんなとこ」
と言ってゆっくりと、さらに距離をつめてきた和くんの唇が──。
「ちょっ……! ん!」
私の口をふさいできたのはその直後。
昨日、事故のように触れられた軽いキスなんかとはぜんぜん違う。
しっかりと押し当てられた柔らかなぬくもりが、私の思考をあっという間に溶かし始める。
懐かしすぎる熱……、だった。
全身から強張りがなくなって、今にも崩れ落ちてしまいそう。